日本古典文学総復習続編25『好色一代女』

はじめに

今回は浮世草子の好色物、その三作目の『好色一代女』を取り上げる。

この作品は西鶴が浮世草子第一作目の『好色一代男』の成功の後、主人公の二代目を主人公にした『諸艶大鑑』を出した後の作品。無名の女主人公の主に性的な遍歴を描く作品。当時のこうした女性の生活が実に生き生きと描かれている面白い作品だ。

その梗概

この作品、一主人公の一生が描かれているわけだが、全6巻各4話合計24の話から出来上がっている。例によって各巻頭には目録がある。以下である。(表記は古典集成のまま、カッコ内はそのルビをそのままの仮名遣いで記す)

巻一

老女隠家(ろうによのかくれが)
舞曲遊興(ぶきよくのいうきよう)
国主艶妾(こくしゆのえんせふ)
淫婦美形(いんぷのびけい)

巻二

淫婦中位(いんぷのちゆうゐ)
分里数女(ぶんりのすぢよ)
世間寺大黒(せけんでらだいこく)
諸礼女祐筆(しょれいおんないうひつ)

巻三

町人腰元(ちやうにんこしもと)
妖孽寛濶女(わざはひのくわんくわつ)
調謔の哥船(たはぶれのうたぶね)
金紙の匕元結(きんがみのはねもとゆい)

巻四

身替長枕(みがはりのながまくら)    
墨絵浮気袖(すみゑのうはきそで)    
屋敷琢渋皮(やしきみがきのしぶりがわ) 
栄耀願男(ええうのねがひおとこ)    

巻五

石垣恋崩(いしがけのこひくづれ)
小歌伝受女(こうたのでんじゆをんな)
美扇恋風(びせんのれんぶう)
濡問屋硯(ぬれのとひやすずり)

巻六

暗女昼化物(あんぢよはひるのばけもの)
旅泊人許(りよはくのひとたらし)
夜発附声(やほつのつけごゑ)
皆思謂五百羅漢(みなおもはくのごひやくらかん)

しかも各話にはそれぞれ歌がついている。巻一のみ以下に記しておく

老女隠家(ろうによのかくれが)

〽️都に是沙汰の女訪ねて
昔物語を聞けば
一代の板づら
さりとは浮世洒落者
今もまだ美しき

舞曲遊興(ぶきよくのいうきよう)

〽️清水の初桜に
見し幕のうちは
一節のやさしき娘 いかなる人の
ゆかりぞ 親は親は
あれを知らずや祇園町のそれ
今でも自由になるもの

国主艶妾(こくしゆのえんせふ)

〽️三十日切りの手掛け者にはあらず
  よしある人の息女も
末を頼みにやる事
  さては
仮初めに
 なるまい
  なるともなるとも
 望み次第

淫婦美形(いんぷのびけい)

〽️京の良い中を改めたる女
  島原の太夫職の風俗
善し悪しの詮議がくどい
  思はく丸裸にして語るに
思ひの外なる内証

これを読むと大体の話がわかる仕組みになっている。

一代女の職業遍歴

さて、最後は老尼となり、隠れ里「好色庵」に隠棲する一代女を、恋にやつれた若者二人が訪れるところから物語が始まる。ここから一代女が過去を語っていくという形で話が進んでいく。
そこで、一代女が生涯経験した職業?を通してこの物語を見ていく。そうすると、この物語の全体像がわかるし、それがこの物語の胆だと言っていいからだ。若干の説明をつけてみていく。

巻一

  1. (官女仕え)十一歳で恋心。
  2. (舞子)美貌と巧みな客あしらいで評判。
  3. (養女)見染められてさる家の養女となるが、その男親と交わい、離縁。
  4. (大名妾)さまざまな審査を経て国主の妾に合格。しかし殿が弱臓(性的虚弱者)で暇を出される。
  5. (島原太夫)親が連帯保証人で金につまり、身売りすることに。太夫に上り詰める。遊郭の風俗が興味深く描かれている。

巻二

  1. (天神)遊女の位、太夫の下。うぬぼれ強く、太夫から下される。
  2. (十五)「かこひ」と読む。天神のさらに下の遊女。この辺りの遊郭の描写も面白い。
  3. (端居)これもさらに下。一代女の零落ぶりを示す。年季が明けることになる。
  4. (寺大黒)「寺大黒」とは僧侶の妻をいうが、ここは三年契約の住職のお妾。若衆姿に変えたのが効果。しかし結局妊娠と偽って寺を脱出する。寺の性的無軌道ぶりが面白い。
  5. (女祐筆)「祐筆」とは本来貴人に仕えた書記のことを言うが、ここは筆指南で文の代筆をする仕事。それがもたらす男関係も描かれる。

巻三

  1. (呉服屋腰元)うぶなふりして「大文字屋」と言う呉服屋に腰元奉公することに。しかし本来の好色がたたって旦那とできてしまい、結局出奔。
  2. (大名表便)対外的な職務に従う奥女中となる。奥で開かれた悋気講(一般的には庶民の女房たちが集まって開く無尽講。夫の浮気話などを言い合い、憂さ晴らしした)で主人公の呪いから奥方が頓死。これまた出奔。
  3. (歌比丘尼)寝枕の寂しい船頭相手に船の上で歌って売春する女のこと。これもなじみが文無しになり廃業。
  4. (武家方髪結女)言葉通りの職業。さる武家の奥方の髪を結うのだが、この奥方実は髪が薄い。これを口外しない約束だったが、この奥方、一代女の髪に嫉妬して「切れ」、「削げ」と無理難題。そこで復讐。ハゲを殿にバラす。奥方里に帰り、一代女この殿を我が物に。

巻四

  1. (介添女)方々の御息女嫁入りの介添え女に雇われる。当時の豪華な結婚事情が描かれる。ただ、地味な方こそ将来があると語る。
  2. (お物師役)針仕事、裁縫女だ。しばらくは色道を離れる。
  3. (仕立女)しかし越後屋出入りの仕立て屋となり、再び色に染まる生活。出入りの仕事関係の堅物の番頭をたらし込む。ここは一代女の裸の描写があり、出色。
  4. (茶の間女) 武家で、腰元と下女の中間に位置する女中のこと。藪入りで年老いた中間に惚れられる。
  5. (中居)なんと泉州堺で中居奉公。この中居とは年寄りの夜の準備をする役。この年寄りは老婆だったが、なんと男役をやるという。なんとなんと男役の老婆との床入り。全くね。

巻五

  1. (茶屋女)色茶屋にいる女。もちろん売春目的。流石に年老いた一代女。
  2. (通女)あることから大名の囲い者となる。家を与えられた妾のこと。年老いても見染める人はいる。
  3. (伝授女)これは別名湯女のこと。銭湯で面倒見る仕事だが、ここも売春仕事。風呂屋の風俗が描かれていて面白い。
  4. (雑女)ここはよくわからないが、零落し目医者に通う女たちの姿を描く。この主人公も目を患っていたようだ。
  5. (扇畳妻)扇屋の妻となる。店の看板役を勤める。しかし悪いくせ、浮気が祟って追放される。
  6. (糸くり女)まさに糸車を使って糸を紡ぐ女のこと。西陣ですね。ただ、ここでも男は忘れていない。
  7. (隠居夜伽女)隠居相手だから楽な仕事と思いきや、この御隠居かなりの強蔵(絶倫男)で大変。流石の一代女も人に背負われて中宿(身元引請宿のこと)に帰る始末。
  8. (蓮莱女)大阪の問屋街に置かれていた女。飯炊女と言うことだが、もちろん性的サービスをし、問屋に出入りする男たちの相手をする。その生活が自堕落なのでこの名がつく。

巻六

  1. (暗物女)暗宿と呼ばれた淫売宿で売春する女のこと。その様子が詳しく描かれる。主人公は「分」と言って売春の代金を宿と分ける女として働く。落ちぶれたもの。
  2. (旅篭屋の人待女)旅籠屋にいて、旅客を引っ張り込んで仕事をする女。松坂でのこと。
  3. (紅、針売る女)桑名に至り、この商売。
  4. (遣り手)これは遊女を監督する立場。もう女として仕事ができないと言うことか。
  5. (惣嫁)ついに最下層の売春婦となる。大阪でこの名。京では辻君、江戸では夜鷹。
  6. (尼)生き恥を晒し続けてはと入水を試みるが、助けられ、諭されて尼となる。

おわりに

さて、こうして読んでくると、この主人公が実に多くの職業に就いて一生を過ごしたことになるのがわかる。しかも、女性がこの時代就ける仕事が意外に多かったことにも驚かされる。ただ、そのほとんどがセックス絡みなのはまさに「好色一代女」たる所以だから仕方がないとしてもだ。そしてこの一代女がその華奢な美貌と教養となんでもこなせる才覚によって、さまざまな職に就きながら生き通してゆく姿に感動すら覚える。全く暗いイメージはないし、「やるねえ!」と声をかけたくなる。これも西鶴の筆致に依るのだろうが、この時代に対する共感を強く感じる。

ちょっと長くなったので、この辺でおわりにしておく。

2024.06.13
この項 了

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