成島柳北「柳北奇文」を読む4

狂症の説教(明治9年8月18日)

この表題が何を意味するのか詳らかにしないが、趣旨は以下の文にある。

「一郡ヲ治ムルモ一郷ヲ官スルモ同一ノ理ニテ其ノ事務ヲ総括スル先生ハ日夜勉励シテ世話ヲ焼クハ当然ノコトナレド餘リ細密ニ注意シ過ギルト往々ニ苛察ニ流レテ却テ保護ガ妨害ト化ケテ仕舞マス」

ようするに保護と言って手を出しすぎるとかえって成長を妨害することになる。人間も社会もそして植物もという訳だ。

この文の末尾に「津田先生ノ媒助法」というのが取り上げられている。これがいかなるものか、わからないので少し調べてみた。(グーグル先生に聞いた)

まず、津田先生というのは津田仙という人物。元幕府側にいた人物で戊辰戦争では幕府側に加わっている。また、福沢諭吉と渡米経験があり、帰国後農業の近代化に尽くした人物。
「農業三事」という著作があり、そのなかで「媒助法」を説いている。これはようするに「人口受粉」で、これによって農産物の生産性を高める方法。現代ではいわば当たり前の方法だが、当時は多くの反対にあったようだ。かなりの論争にもなったらしい。
また、津田は農園を作って多くの西洋野菜を栽培したことでもその名を止めている。また、キリスト教信者で青山学院の創始者でもあり、後に足尾鉱毒の反対運動にも加わっている。次女梅子は津田塾の創始者。内村鑑三もいわばその弟子筋に当たる。
(以上 小林富士雄氏「西洋農学の導入をめぐって」pdf版による)

それにしても旧幕府側の人間に優秀な人物が多かったとまた思わされる。

さて、この津田の「媒助法」論争に柳北はこう言っている。

「有益ナルコト権兵衞ニモ烏ニモ分カルコト」としながら、これが日常化すると「草デモ木デモ苦イ顔ヲシテ嗚呼ウルサイ蝿ダト小言ヲ云フニ相違無ク又何ノ益ニモ立チマスマイ」と。

津田の考えは近代が産んだものだが、とすると柳北は反近代という事になるのか。いやそうではあるまい。この文の趣旨は冒頭で言っている事にある。

世話をしすぎると人間も社会も植物もいわば「息苦しく」なるんだ。今の日本の状況を見てもそれは大いに言えると思う。親も教師も社会も手を出しすぎた結果(ああだこうだとほんと五月蝿(ウルサ)い)、ロクな大人が育っていないのもそう思える。

この文も柳北の

「水清ケレバ魚育タズ」

という人間観に基づいている。

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