『源氏物語』で達成を見た物語文学はその後どういう経緯をたどって現代に至ったのだろうか?ここで取り上げる室町時代物語集はそんな疑問の一つの解答のきっかけを示しているように思う。ここに集められた20編あまりの物語は様々な内容を持っている。それぞれについては以下に簡潔に示すが、その題材・表現は色々な要素を持っている。あるいは王朝物語的であったり、伝説的であったり、絵本的であったりというように。このバリエーションは後の江戸時代に引き継がれる。
これまで、王朝物語以降、多くの説話集を見てきた。説話はほんの短い話ばかりだが、多くのバリエーションを持った興味深い話が数多くあった。ここに紹介されている室町時代物語はその説話を一つの簡潔した物語としてまとめたというところに特徴がある気がする。平安時代からあった絵巻物の要素も多分に取り込んでわかりやすい物も多い。
また、題材が現代から見ると奇異なものも多くあるが、中世という時代の世相をよく反映しているとも言える。寺院の僧の堕落を取り上げているようでも、そこに明るさがある気がする。混乱と戦乱の時代であったろうが、「暗黒の中世」というイメージはない。
あまり馴染みがなく、文学史的にも取り上げられることが少ないこの時代の物語に改めて興味が湧いた。
Contents
『室町物語集上』
「あしびき」
いわゆる稚児物語の一つ。稚児物語は、寺院の僧侶と稚児の間に行われた男色の話。現代の倫理観から言えば存在さえ許されないようなテーマだが、中世から近世初頭にかけて多く書かれたようだ。「中世、特に室町時代において、寺院内部では稚児を対象とした男色(稚児愛)が広く行われていたことが背景にある(ただし、男色の流行自体は武家などにもあった)。」という。そん代表作の一つ。内容は決してキワモノ的だはなく、いわばハッピーエンドで終わっている。
「鴉鷺物語」
擬軍記物語と言われる物。題名のように鴉と鷺が合戦するというおとぎ話的な物。
「伊吹童子」
酒呑童子物語。酒呑童子(しゅてんどうじ)は、丹波国の大江山に住んでいたと伝わる鬼の頭領、あるいは盗賊の頭目。ここはその酒呑童子の出生からやがて鬼となって大江山に住むようになるまでを物語っている。
「岩屋の草子」
擬古物語・継子譚。古く王朝からある継子物語を稲荷信仰・観音信仰からめて作った擬古物語。
「転寝草紙」
石山観音の霊験を語る恋物語。
「かざしの姫君」
怪婚譚。いわゆる異類と交わる話は古くからあるが、ここは菊と交わるという植物との怪婚譚。従ってあまり異様さはなくファンタスティックな内容となっている。
「雁の草子」
これも怪婚譚。雁との怪婚を描く。これも動物ながら狐などと違って滑稽さもなく、異様さも薄い。
「高野物語」
発心遁世譚。発心とは仏道に入るきっかけのことだが、これを語る物語。こうした話は中世に多く見られる。また、一種の懺悔物語でもある。
「小男の草子」
民間伝承の小さ子譚を基盤にした物語。一寸法師といえば誰でも知っている昔話。昔から伝承としてあったようだ。ここもその物語化。
「西行」
歌人西行は多くの伝説があり、後の世にも多くを語られた人物だが、この物語は歌人としての西行よりも、恩愛の執着と葛藤する西行の発心・道心を印象深く簡潔に描いている。
「ささやき竹」
鞍馬寺の僧が偽りのお告げで姫君を略取しようとして失敗する話。「ささやき竹」とは、節を抜いた長い竹の筒で、これを使って耳元に囁く道具。ここも僧が登場するが、なんとも間抜けな話。
「猿の草子」
全ての登場人物が猿である物語。猿を登場人物というのもおかしいが、それだけで滑稽な物となっている。ただ、往来ものの要素があり、辞書的な物となっている。資料的にも価値のある図録が特徴的だ。
『室町物語集下』
「しぐれ」
主人公の貴公子が最愛の女性と結ばれながら、親のすすめる政略結婚などのためにその人を失い、再び結ばれ得ない悲劇の物語。こうした内容の物語は現代でも使われる永遠のテーマだ。
「大黒舞」
庶民の栄達を福の神信仰とからめて語り、全編に祝言性があふれた物語。この大黒舞は新年に行われる門付けの一つで盛んに行われたもの。現在も山形や鳥取にあるという。
「俵藤太物語」
将門にまつわる話も多くあるが、藤原秀郷のむかで退治・竜宮伝説と将門討伐伝説の二つを中心にした武勇伝。
「毘沙門の本地」
申し子、天人降下、恋愛、合戦、異郷訪問(諸国遍歴)、神仏への転生という説話要素で成り立つスケールの大きい物語。
「弁慶物語」
いわゆる弁慶物。武芸に秀で弁舌巧み、少々滑稽で、悪人ながら憎めないという人物造形を持つ悪漢小説。
「窓の教」
一年に十二人の女性と会った、主人公伏見の中将の求婚譚。
「乳母の草紙」
啓蒙・教訓色を帯びた滑稽談。公家社会の旧来の古典的教養・教育と非公家社会の現実的功利主義とが対蹠されている。
「師門物語」
在地の武士が国司の横恋慕で妻との仲をひきさかれ流浪し、妻はその後を追う。最後は神仏の加護によって二人は再会するという物語。
この項了
2017.08.15
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