『日本古典文学総復習』33〜37『今昔物語集』3

『今昔物語集』を読む3

今回は『今昔物語集』について、第3弾。いよいよ本朝世俗部について。
ここはこれまで多くの人たちが取り上げてきた部分だ。有名なのは芥川龍之介。幾つかこの部分を題材に小説を書いている。いわば文壇デビュー作の『鼻』もその一つだ。また、黒澤明の映画「羅生門」も幾つかの説話を利用している。なぜにこんなに近代の文人たちをこの部分は引き付けるのだろうか。これについては加藤周一氏がその『日本文学史序説』のなかで面白い事を言っている。

『今昔物語』の偉大さは、現にあるものを直視して描き切ったということにだけあるのではない。やがて来たるべきものさえも、見抜いていたということにある。

すなわちこの『今昔物語集』が仏教説話集という体裁をとりながら、その狙いとは裏腹に多くの民間伝承をそのまま採録し、そこに何の注釈も付けずに語る筆法によって、人間の持つ本性を描き切っているということだ。そしてそれが近代に至っても文人たちを刺激したという事だろう。

さて、そんな『今昔物語集』世俗部から幾つかの話に注目してみたい。それは女性が登場する話だ。平安時代はいわば女性の時代であった。それは宮中での女房を中心とするいわゆる平安女流文学の隆盛として語られる事が多い。しかしこの物語集に登場する女性たちはまったくそれらとは違っている。なんとも力強い、生きるためのはなんでもするといったたくましい女性たちだ。

巻二十九第三
不被知人女盗人語第三

これは芥川龍之介が『偸盗』という作品で題材にした話である。女盗賊の話だ。この女盗賊美貌の持ち主で、ある時声をかけた男をその色香で虜にし、盗賊の手下にしてしまうと言う話。この女しばらくは男に豪華な食事を与え、男のいいなりに体を許す。しかししばらくするとこの女大変なサディストぶりを発揮する。男装で現れ、男を縛りムチで叩き、いたぶる。ただ、この男マゾだった。この仕打ちにむしろ快感を覚え、ますますこの女の虜になってゆく。男はこの女が盗賊の首領であった事は最後まで知らかったが、盗賊の一味としてなんとなく働かされていたのだから不思議だ。こんな女性も平安時代にいたのである。現代だったら不思議でもなんでもない、B級映画に出て来そうな話だ。作者は最後に一言。

此レ世ノ稀有ノ事ナレバ、此ク語リ伝ヘタルトヤ。

巻二十九第十六
或所女房、以盗為業被見顕語第十六

実はこの話、表題だけあった本文がない。ただ、後の『古今著聞集』という説話集に上臈女房が盗賊団の首領であったことが露見して逮捕された話が載っていて、これも同様な話だと想像できる。表題を書き下せば、「或る所の女房、盗みを以って業となし、見顕さるること」となり、つまりは「ある女官が実は盗賊の首領で、それが露見して逮捕された話」となる。『源氏物語』や『枕草子』に登場する女房のひとりが影の仕事が盗賊団の首領だなんて想像できないが、これも影の世界に対する想像は今日でも格好の話題であることには変わりない。しかし、こういう女性も平安時代に存在したと言うのは鎌倉時代への入り口を感じさせる。鎌倉時代には盗賊ではないが、男勝りに活躍する例えば巴御前といった人物も堂々と登場するからだ。

また、兄の相撲取りに負けず劣らずの怪力の持ち主の妹の話があったり、当代きってのプレイボーイの貴族の男を冷たくあしらい続ける氷のように冷たい女の話があったり、浮気な夫を変装して誘いやり込める妻の話、助平な医者をたぶらかして恥ずかしい部分の病気を治させてしまう上臈の話などいろいろ女性が活躍する話がある。実にこの『今昔物語集』はたくましい当時の女性たちの話がいっぱいある。しかもそれは身分の上下を問わず採録されていて、余計な教訓やコメントが記されていない為事実であったように思える。いつか「『今昔物語集』の女たち」といったテーマで書きたくなるほど豊かな世界だ。

もちろん女性以外にもいろいろな人物が登場し、多くの地方の話が取られている。しかし、あまりこだわっていると先に進まないのでここらにしておくが、是非こうした所からもこの『今昔物語集』を紐解いてもらいたい。ただ、原文は読みにくいので以下の作品がオススメだ。ほんの一部の話しか載っていないが、うまく編集されている。小生も大いに参考にしたので、紹介しておく。Kindle版もあって読みやすい。

『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 今昔物語集』 角川書店=編

この項了

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です