日本古典文学総復習続編15『御伽草子集』

はじめに

いよいよ書かなくてはいけなくなった。
ずいぶんとサボったものだ。前回が確か2月だったからもう3ヶ月を要してしまった。
何も取り組んでいないなかったわけではない。実際に読んではいたし、周辺も調査しメモをとっていた。しかし書くとなると勢いが必要なのだ。
さまざまなことが重なり積読状態がつづいてしまった。
言い訳はこのぐらいにしよう。

御伽草子について

さて、今回は「御伽草子集」だ。
この「御伽草子」は実に書籍によって採られている作品が異なる。
一般に「御伽草子」というと「浦島太郎」や「猿蟹合戦」「一寸法師」などを思い浮かべるのではないだろうか。
しかしこの新潮社の古典集成の「御伽草子集」に納められているのは以下の話である。

浄瑠璃十二段草紙・天稚彦草子・俵藤太物語・岩屋・明石物語・諏訪の本地 甲賀三郎物語・小男の草子・小敦盛絵巻・弥兵衛鼠絵巻

ちなみに岩波書店旧古典文学大系の「御伽草子」には以下の作品が収められている。

文正さうし・鉢かづき・小町草紙・御曹子島渡・唐糸さうし・木幡狐・七草草紙・猿源氏草紙・物くさ太郎・さゞれいし・蛤の草紙・小敦盛・二十四孝・梵天国・のせ猿さうし・猫のさうし・浜出草紙・和泉式部・一寸法師・さいき・浦嶋太郎・横笛草紙・酒呑童子・福冨長者物語・あきみち・熊野の御本地のさうし・三人法師・秋夜長物語

すなわち「御伽草子」と言っても極めて多数の多岐にわたる物語を指しているということになり、編集者によってどれを採るは異なるということだ。

では古来「御伽草子」というまとまった書籍はなかったのだろうか。調べてみると江戸時代に「御伽文庫」なる書籍があったようだ。これは絵入りの冊子で23編が39冊に収められているようだ。実際を見てみよう。

これは、京都府立京都学・歴彩館のデジタルアーカイブで公開公開されている物だ。
『一すんほうし』の部分である。

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さて、岩波の「御伽草子」はこの江戸時代の「御伽文庫」の内容とほぼ重なる。これが今までの一般的な「御伽草子集」ということだろう。しかし、ここで取り上げる新潮社古典集成はこれに異を唱えている。この書の凡例に

御伽草子を室町時代の物語の汎称として用いるのであれば、その二十三篇(「御伽文庫」のということ 筆者注)は、テキストとしても、内容の面からも、御伽草子を代表させるに必ずしも適切とは言えない。

としている。
となると実は以前、岩波の新古典文学大系で『室町物語集』上下を取り上げているので、この書と重なることになる。確かにその中で「岩屋の草子」「小男の草子」「俵藤太物語」は取り上げた記憶がある。『日本古典文学総復習』54 55『室町物語集上・下』

はたして「御伽草子」を「室町時代の物語の汎称」と言っていいかは甚だ疑問だ。むしろ柳田國男がいうようにその源流が「昔語り」にあり、またそれを「御伽衆(おとぎず)」とよばれる人々が全国に広め、後の世で文字化されていった物という理解の方がいいのではないかと思われる。「室町時代の物語の汎称」という括りではそこに入らない物語もあると思われるのだが。

さて、前置きはこれぐらいにして、それぞれの作品?について触れていきたい。なお以前総復習の岩波書店の新古典文学体系の『室町物語集上下』で触れたものはここでは省略する。

収録物語

「浄瑠璃十二段草紙」

義経ものと言っていい話。義経が奥州への下向の途中に出会って、契りを結んだ長者の娘があった。その娘は才色兼備で浄瑠璃御前と呼ばれていた。義経はその娘と別れを告げ、再び奥州へ向かうが、その途次、病に倒れ死してしまう。それを八幡大菩薩のお告げで知った浄瑠璃御前が駆けつけ、神々に祈り蘇生させる、というお話。蘇生話はいろいろあるが、その典型か。絵本・絵巻物としても流布し、操り芝居にもなり、その際12段に編成されたという。

「天稚彦草子」

短いお話。七夕の由来ともいうべき話。長者の娘に大蛇が求婚し、父母を救うために三人娘の末娘だけが承諾する。この大蛇、娘に自分の頭を斬るように頼み、娘がそうするとなんと立派な若者となり、天稚彦と名乗り、二人は幸せに暮らす。ある時天に登った夫の留守中、末娘の幸福を妬んだ姉二人によって禁戒が破られたために夫は天から戻れなくなる。そこで娘は自ら天に登るが、夫の父の鬼にいろいろ試される。結果二人は許されるが、七夕・彦星として、年に一度あうことになった、というお話。古い絵巻が元になった話という。

「俵藤太物語」

以前触れているので略

「岩屋」

以前触れているので略

「明石物語」

俵藤太物語と同様、武家物の一つ。播磨国の豪族、明石の三郎とその北の方の別れと再会の物語。時の関白の息子がこの北の方に横恋慕したのがきっかけ。明石は騙されて奥州に流されてしまう。それを追って奥州に向かった北の方は途次、小夜の中山で男子を出産、絶命寸前に。しかし、山神に助けられ手厚く保護される。一方明石の三郎も脱走に成功し、愛でたく二人は再会をはたす。そして都に上り無実の罪をはらし、その後末長く栄えたというお話。ハッピーエンドです。
愛する男女が外部の迫害によって苦難を受けるが、やがて克服して幸せに暮らすという典型的なお話でした。

「諏訪の本地 甲賀三郎物語」

「本地物」と呼ばれる神の縁起を語った物の一つ。ここは諏訪神社の上社と下社の縁起を語っている。甲賀三郎と春日姫の二人の本地は普賢菩薩と千手観音という。本地垂迹思想の現れ。つまり日本の神々は仏が姿を変えて現れた物だとする考え方。そしてこの物語も愛する男女が外部の迫害で苦難を受けるというパターンだ。主人公の甲賀三郎は愛する春日姫を魔物に奪われる。一旦は姫を取り戻すが、兄の奸計で地底に残される。しかしそこで認められ日本に帰ることができ、二人は再開する。そして神明の法を授かり、神として諏訪神社の上社と下社に現れたというお話。

「小男の草子」

以前触れているので略

「小敦盛絵巻」

『平家物語』の悲劇の主人公のひとり平敦盛の遺児の話。一ノ谷の合戦で平家の公達敦盛を心ならずも討った熊谷直実という人物、その後出家して法然上人の門に入っていた。一方敦盛の北の方は出産した敦盛の遺児を源氏の追手から逃すために下松に捨てる。法然上人がそれを拾い育て、やがて母子が再開を果たす。賀茂の明神によって亡霊ながら父敦盛との対面も果たすことになる。そして母子共々出家し、この遺児は西山の善慧上人と言われる人物となる。いわば『平家物語』の後日談として創作された絵巻である。

「弥兵衛鼠絵巻」

異類物と呼ばれる鼠を主人公とする話。東寺の塔に住んでいた弥兵衛という鼠が、北の方が妊娠して雁の羽交の身を欲しがるので雁に飛びついたところ,そのまま東の奥の常盤の里まで連れて行かれてしまう。しかし弥兵衛は放浪の末、里の長者左衛門という人物に大黒天の使者として大事にされる。やがて都に上る左衛門の荷駄に乗せてもらい、京都に帰って妻子と再会を果たす。その礼に弥兵衛は金銀と共に娘の鼠を左衛門に贈る。子鼠を迎えた左衛門は大黒天の加護で益々栄え三国一の大福長者となった、というお話。鼠となっているものの完全に人間のように描かれているから不思議だ。これも苦難に会うが最後はめでたしめでたしで終わる夫婦の話である。

今回は以上
次回は『竹馬狂吟集・新撰犬筑波集』です。早めに取り組まないとね。

2023.05.25

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