『日本古典文学総復習』78『けいせい色三味線・けいせい伝授紙子・世間娘気質』

 まただいぶ経ってしまった。古典文学ばかり読んでいるとさすがに飽きるので、久しぶりに翻訳物の長編を読んだ。村上春樹訳のレイモンド・チャンドラーの『水底の女』と言う作品。それもハードカバーの本。こうした本を街の本屋で買ったのも実に久しぶりのことだ。最近はすっかり読書はkindleばかり。活字の大きさを調整できるし、買うのもネットで簡単に済むから一度やると止められいからだ。しかしそれにしても、読書というか出版事情もここのところ大きく変わった気がする。

 さて、今回は江島其磧という人物の浮世草子だ。江島其磧は前回の井原西鶴の後に出た浮世草子の作家。西鶴の焼き直しといった評価が一般的だそうだが、西鶴との違いはまずは作家としての違いにある。すなわち、いわゆる出版が一般化し、出版社が作家を操るという現代の出版事情に近い形ができた後の作家だという点だ。京の八文字屋八左衛門という出版元がリードして作家に売れそうな本を書かせるという形の中で書いていた作家だということになる。
 この人物、京都の富裕な大仏餅屋の4代目だという。裕福な町人として祖父も父も連歌や俳諧を嗜んでいたようだ。そして始め浄瑠璃の執筆をし、そこで書肆八文字屋八左衛門こと自笑という人物に関わり、その依頼で書いた役者評判記『役者口三味線』が大いに当たって作家となったのである。はじめから舞台付きの脚本家のような作家だったわけだ。初期の作品に江島其磧の署名がないのもそんな事情によるようだ。出版元の八文字屋八左衛門が前面に出ていて、その後署名が行われるが、ここに出版元とその作者との確執が窺われるが、この作家が置かれていた立場が西鶴とは全く違っていたということだ。西鶴の焼き直しという評判も、西鶴が評判だっただけに出版元の要求が大いに関係していると思える。
 さて、ではここに収録されている三つの浮世草子を見ていくことにする。

『けいせい色三味線』

元禄14年に八文字屋八左衛門によって刊行された浮世草子。5巻24話ある。其磧浮世草子の処女作ということになる。5巻を京、大坂、江戸、鄙、湊に分け、それぞれの巻頭に遊女名寄(遊女の詳しい名簿)が出され、遊興の種々相が書かれている。これは役者評判記『役者口三味線』の体裁がとられていると言われるが、こうした趣向がリアリティをもたらしている。また、本文の冒頭には「傾城買の心玉」という、遊里での遊びに夢中にさせる憑き物が出てくるが、これに取り憑かれた人々の悲喜劇が描かれているわけだ。ただ、題材も文章も西鶴に拠るところが多いようだ。現代で言えば「剽窃」とも取れそうだが、当時にあっては問題となることはなかったようで、むしろ「西鶴よりわかりやすく、その構成の妙も当時の読者の求めに合致していて、新機軸と相まって、大好評を博した」という。

『けいせい伝授紙子』

 いわゆる忠臣蔵ものの一つ。赤穂浪士の事件は元禄十五年に起きているが、その八年後の宝永七年には浄瑠璃・歌舞伎上演がきっかけとなって赤穂浪士ブームが起きている。そのブームに乗じた浮世草子界の初めての作品だという。これも八文字屋によって同年に刊行されている。
 内容は他のものと同様、時代を室町時代に移し、高師直と塩冶判官の話となっている。ただ、この本は他のものとは違い、浮世草子らしく好色物的色彩が加えられている。高師直は塩冶判官の妻に恋慕し、怒った塩冶は師直に刃傷に及んでしまう。そして切腹させられる。塩冶に鎌田という家臣がいて、その妻に陸奥という女性がいる。この女性がこの物語の主人公である。この陸奥は夫が浪士になってしまったため、遊女となりはてる。しかも質素な紙子姿で勤めていた(これが題名の由来)。ところが、事もあろうに(実は策略)夫たちの宿敵師直に身請けされることになる。これを利用して仇討ちのための敵方の情報を得て、浪士たちを助けるというお話。
 やがて仇討ちが成就してこの女性陸奥は出家し尼となり、色道の談義を行うという話となっている。夫のために仇の妾となって内通する女性を主人公にしたところに妙味がある作品だ。
 こうした忠臣蔵物はこの後様々な人物たちの細部にわたるエピソードを生み、さまざまなジャンルの作品を生んできた。本当に日本人は未だに忠臣蔵が好きなのだ。この浮世草子はその最も早い小説界の反応だった。

『世間娘気質』

 
6巻。享保2年刊。気質 (かたぎ) 物の一つ。驕、悪性、悋気 など当代の娘の気質を16章で描く短編小説集。『世間子息気質 (むすこかたぎ) 』の追加として書かれたもので、ともに井原西鶴の『本朝二十不孝』 (1686) の影響を受けた作と言われている。ただ、前の二つよりは其磧の独自性があるように思われる。現代でも若い娘たちの行動は格好の通俗小説のネタに成るが、遊里という特殊社会の女性ではなく、いわば町人の娘の行動や気質に着目した点が面白い。ここは題名だけを羅列しておくが、その題名からどんな娘たちが登場するか想像できると思う。

「男を尻に敷金の威光娘」
「世間にかくれのなひ寛濶な驕娘」
「百の銭よみ兼たる歌好の娘」
「世帯持ても銭銀より命を惜まぬ侍の娘」
「小袖箪笥引出していはれぬ悪性娘」
「哀なる浄瑠璃に節のなひ材木屋の娘」
「悋気はするどひ心の剣白歯の娘」
「不器量で身を麩抹香屋の娘」
「物好の染小袖心の花は咲分た兄弟の娘」
「器量に打込聟の内証調て見る鼓屋の娘」
「胸の火に伽羅の油解て来る心中娘」
「身の悪を我口から白人となる浮気娘」
「嫁入小袖妻を重ぬる山雀娘」
「傍輩の悪性うつりにけりな徒娘」
「心底は操的段々に替る仕懸娘」
「貞女の道を守刀切先のよひ出世娘」

2018.03.21
この項了

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