『日本古典文学総復習』62『田植草紙』『山家鳥虫歌』『鄙廼一曲』『琉歌百控』

この巻はいずれも民謡集だ。民謡は歌謡の一種だが、これまではあまり文学史の表舞台には登ってこなかった。しかし歌謡は古くから存在していた。記紀歌謡は古事記・日本書紀に収録された歌謡を言うが、短歌より古くから存在していたものだ。ただ、歌謡は歌われるものという性質から文字化され、読まれるということが難しかったから表面に出てこなかっただけとも言える。ところが中世末期から江戸にかけてこうした歌謡を筆録する機運が高まったようだ。これも文学の庶民化のなせる技なのだろう。ここにある民謡集はいずれもそうした機運の元に文字化されものだが、そこに当時の庶民の感情生活の一端を伺う事が出来そうだ。

『田植草紙』を読む

「たうえぞうし」と読む。この書は大正の末年に広島県で発見されたという。はじめ鎌倉時代のものと捉えられたようだが、もっと後の時代のものとされた。編者はわからないが、江戸時代の中期に筆写されたものだという。
この書は他の民謡集のように各地の民謡を集成したものではない。田植の進行にそって朝歌から昼歌、晩歌というように配列されているところに特徴がある。これは共同で各戸の田植を一日で終えてゆくという囃田とよばれる行事の為の歌謡ということらしい。この囃田とは音楽と歌を用いる田植のことらしいが、中国山地に伝えられてきたようだ。
さて、その歌だが、朝歌二番を見てみよう。

きのふからけふまで ふくは何風
 恋風ならば しなやかに
なびけや なびかで風にもまれな
おとさじ 桔梗のそらの露おば
しなやかにふく恋風が身にしむ

この歌は「田植歌」の特徴をよく伝えている。初めの一行が親歌で「音頭」が歌う。二行目が小歌で「早乙女」が付ける。普通はこの繰り返しとなるが、この「田植歌」ではさらに「オロシ」と呼ばれる三行があって全部で五行詩となっている。しかもそれが「恋」の歌となるのが特徴だ。歌謡とくに民謡は「田植歌」といった労働に関わる歌が多いのだが、それにもかかわらず「恋」を歌う内容になるところが面白い。これは田植が男女によって行われたことも関係するが、田植などの農耕そのものが男女の営みに擬されていたことも影響していると思える。

『山家鳥虫歌』を読む

「さんかちょうちゅうか」と読む。これは江戸時代中期に編纂されたまさに民謡集。上下2冊に全国各地の民謡が収められ、国別に分類されている。明和8 (1771) 年に序が書かれているところから,江戸時代中期あたりまでの諸国の歌が集められたものだと考えられている。歌の形は「七・七・七・五」型が多く、これは「都々逸」に繋がる形である。従って現在の「民謡」の概念を超えていわゆる「俗謡」と呼ばれるものも多く収録されている。

ここでは下巻の薩摩六首を紹介しておこう。

闇夜なれども忍ばば忍べ 伽羅の香りをしるべにて
千世の前髪下ろさば下ろせ わしも留めましよ振り袖を
洲山おかめ女は洲山の狐 尾をふり尻ふる人をふる
散りゆく花は根に変える ふたたび花が咲くじやない
島が島なら世が世であるならば なんの地方に身は持とぞ
 なんの地方に身は持とぞ
志賀唐崎の名はよけれ 一つ松とは聞さへつらい

といった具合で、これは俗謡すなわち小唄や都々逸に通じるものである。

『鄙廼一曲』を読む

「ひなのひとふし」と読む。これは民俗学の先駆者と言える菅江真澄(すがえますみ)が著わした歌謡書。1809年(文化6)ころに成立したようだ。その二十年前に菅江真澄は生涯の旅に出て、信濃・越後から奥羽を経て、現在の北海道の松前に及ぶ各地を歩いてその見聞を記録している。この書はそれらの地域で集めた民謡の記録である。その序文に「今し世の賤山賤の宿にて、よね・粟・むき・稗を舂くに、ひねもす、さよはすがらに聞なれて、きめの臼唄、雲碓唄、磨臼唄も、おかしき曲をひとつふたつと聞にまかせて、書いつくればさはなり…」とある。まさに訪れた地方で生活の中で歌われていた民謡の記録である。

以下一つだけ紹介しよう。

   おなじつがろ 汐干がへり
 此古風ところどころにのこれり
今日はの汐干に蛤ひろふた 袂ぬれつつ振り分髪の しどけないふり しほらしや
渡る雁しばしはとまれ われは吾妻の流れにすむよ せめてたよりに文ひとつ

その他『巷謡編』『童謡古謡』『琉歌百控』が収められている。
『巷謡編』は土佐の国学者鹿持雅澄(かもちまざずみ)の編集になる土佐の民謡歌謡の集成。長い序文がある。

『童謡古謡』は修験僧行智になる、江戸浅草に伝承した童謡の書留。ここには今も歌われる童謡が散見できる。

『琉歌百控』 は最古の琉歌集の一つ。「りゅうかひゃっこう」と読む。いわゆる琉球すなわち沖縄に伝わって歌われた琉歌を三味線歌謡としてとらえ、節(曲)を中心に編纂されている。編者は明らかではないが、総数601首が収められ、大部なものである。琉球歌謡はその独特な節回しと語彙があってそこを伝えようとする意図が伺える。一つだけ紹介する。こんな風に書かれている。

 打束節      (ウチアガリブシ)
あわん夜の夢の   アワンユヌイミヌ
繁くあらよひや   シジクアラユイヤ
宵の手枕の     ユイヌティマクラヌ
稀にあらな     マリニアラナ
逢ぬ先今に     アワヌサチナマニ
くなひやい見れば  タナビヤイミリバ
迚も成欲や     トゥティンナシブシャヤ
吸ぬかし      スワヌンカシ

これはもう読むというより聞くべきものだ。

こうした民謡や俗謡の内容も和歌と同様、やはり「恋」が中心となるのはやはり日本文学の大いなる特徴と言えるようだ。

2017.10.15
この項了

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