『日本古典文学総復習』29 『袋草紙』

『袋草紙』を読む

袋草紙は、平安時代後期に公家で六条家流の歌人であった藤原清輔が著した和歌百科全書というべき歌学書である。上下2巻からなる。内容は、和歌全般にわたっており、勅撰和歌集や歌物語についての考証、歌人に関する伝承などが述べられており、さらに歌会や歌合の作法等に及んでいる。古くから和歌や歌人に関する重要な資料となっているようで多くの文献に見ることができる。
この大系本では、はじめに書き下し文を収めているが、原文は日本語化した漢文形式である。以下一例を見ていただこう。

本文

小野小町、
アキカセノウチフクコトニアナメアナメヲノトハイハンススキ生タリ
人夢ニ、野途ニ目ヨリ薄生タル人有。称小野。此歌詠。夢覚テ尋見テ、有一髑髏。目ヨリ薄生タリ。其髑髏取テ閑所ニ置之云々。知小野屍云々。

書き下し文

小野小町
秋風のうちふくごとにあなめあなめ小野とはいはじすすき生ひたり
人の夢に、野の途に目より薄生ひたる人有り。小野と称し、この歌を詠ず。夢覚めて尋ね見るに、一の髑髏有り。目より薄生ひたり。その髑髏を取りて閑所にこれを置きぬと云々。小野の屍と知りぬと云々。

これは上巻の末尾にある「亡者の歌」として挙げている始めの部分だ。こうした歌についても触れている所が面白いのだが、内容的にも亡者となった小野小町が詠んだ歌を紹介するなど、今昔物語集にあるようなものとなっているのが注目される。
また、この部分だけでなく本文が変体漢文だということに注目したい。これはどうみても正式な漢文ではない。しかも和文でもない。こうした文章形式が平安後期に一般化していたのだろうか。これがもっと時代を下ると和漢混淆文として成立することになるが、その走りかもしれない。
さらには、この文章が平安末期に書かれたのには理由があるような気がする。つまり和歌全盛時代が終わった時代に書かれているという点だ。和歌が実際の命を失った時代に和歌についてもう一度見直すというか、ここでその全てを書き留めておこうという意欲が感じられる。下巻にある歌合や歌会の作法についての詳しい叙述はそれらが実際にはスムーズに行われなくなってきた証拠かもしれないからだ。この著作はある人によれば和歌の「百科全書」だというのも頷ける。
ただこうした内容ばかりでなく、勅撰集成立の事情や後撰集についての批評など批評意識も見られ歌論的な部分もあるのも和歌史の一級資料でもある。

この項了

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