日本古典文学総復習続編21『芭蕉句集』

はじめに

今回は芭蕉です。この総復習続編もようやく江戸時代に入った。

実は前回の新日本古典文学大系を使った総復習でも芭蕉は取り上げている。以下である『日本古典文学総復習』69『初期俳諧集』70『芭蕉七部集』。これは芭蕉の真骨頂である俳諧作品だ。ただ今回は『芭蕉句集』と『芭蕉文集』と言う括りだ。この古典集成の『芭蕉句集』と言う表題にはかなりの工夫が感じられる。本来は「芭蕉発句集」としなければならないところのはずだ。しかし、芭蕉は俳句作者と言う形で現代の世間では通っている。そうならば「芭蕉俳句集」としたいところだが、これは正確ではないのだ。芭蕉は現代で言う俳句作者ではないからだ。ただ発句と言うのでは通りが悪い。そこでこうしたのだう。

私は何にこだわっているのだろうか。芭蕉は近代になって創造された俳句の作者ではないのだし、芭蕉を読むということは、あくまで「俳諧連歌」の中で読むべきだと言いたいからだ。(「俳諧連歌」については別項参照日本古典文学総復習続編14『連歌集』。また別稿も読んで下さい名著『芭蕉の恋句』を読む 芭蕉の俳諧について。)

さて前置きが長くなったが本書の内容を見ていこう。本書には 芭蕉の発句980句がほぼ年代順に並べられている。芭蕉の発句が一体どれくらいあるかは実は定かではない。同じ編者の 別の書籍でも981句が載っていて、20句ばかりの句の相違がある。つまり本によって句数は様々なのだ。また表記もさまざまだ。しかもここはあくまで「発句」に限っている。俳諧では発句はほんの一部で、平句と呼ばれるものや、七七の付句も芭蕉は多く作っている。またここにも優れたものも多いのだ。それも興味深いのだが、ただここはそういった事は別にして、与えられた980句をざっくり読むことにした。

お気に入りの句

ざっと読んでいて、「あ、この句がいいな」、「あ、何かで読んで印象に残っているな」、なんて思った句に付箋をつけて行った。全部で38句に上った。 ここに全てを記しておく。(区の前の番号は本書の句番号)

28 花に明かぬなげきやこちの歌袋
96 あやめ生ひけり軒の鰯のされかうべ
109 見渡せば詠むれば見れば須磨の秋
126 櫓声波を打つて腸氷る夜や涙
152 梅柳さぞ若衆哉女かな
156 朝顔に我は飯食ふ男哉
187 海苔汁の手際見せけり浅黄椀
192 霧時雨富士を見ぬ日ぞ面白き
232 春なれや名もなき山の薄霞
260 目出度き人の数にも入らん年の暮
281 酒飲めばとど寝られぬ夜の雪
309 朝顔は下手の書くさへあはれなり
334 まづ祝へ梅をこころの冬籠り
339 いざさらば雪見にころぶ所まで
361 手鼻かむ音さへ梅の盛り哉
383 酒飲みに語らんかかる滝の花
410 蛸壺やはかなき夢を夏の月
454 身にしみて大根からし秋の風
506 世の人の見つけぬ花や軒の栗
531 月か花か問へど四睡の鼾哉
543 一家に遊女も寝たり萩と月
546 あかあかと日はつれなくも秋の風
555 湯の名残り幾度見るや霧のもと
612 この種と思ひこなさじ唐辛子
649 月見する座に美しき顔もなし
653 草の戸を知れや穂蓼に唐辛子
688 呑みあけて花生にせん二升樽
724 折々は酢になる菊の肴かな
754 鴬や餅に糞する縁の先
762 鎌倉を生きて出でけん初鰹
771 青くてもあるべきものを唐辛子
774 行く秋のなほ頼もしや青蜜柑
802 子供等よ昼顔咲きぬ瓜剥かん
831 振売りの雁あはれなり恵美須講
841 梅が香にのつと日の出る山路哉
873 清滝の水汲ませてやところてん
889 ひやひやと壁をふまへて昼寝哉
904 蕎麦はまだ花でもてなす山路かな

特に語っておきたい句その一

朝顔に我は飯食ふ男哉
朝顔は下手の書くさへあはれなり
青くてもあるべきものを唐辛子
月見する座に美しき顔もなし

こうした句を読むと芭蕉と言う人の為人がうかがえる。実はここに挙げた句はすべて弟子と言うか、連衆と言う俳諧グループの相手に対する挨拶の句なのである。どういうことかと言うと俳諧連歌と言うのは「座の文学」だと言うこと、つまり相手がいると言うことだ。現代の芭蕉のイメージは「奥の細道」の作者というところから、どうも個人的な旅をする俳句作者と言うイメージが強すぎるように思う。したがって、こういう句が芭蕉の作とすると意外に思われる人もいるのではないだろうか。実はこうした句がまずは芭蕉の真骨頂なのだ。

初めの朝顔の句は「私は至って普通の男ですよ」と言っている。「そんなにカッコつけなくたって良いじゃない」とシティボーイの弟子其角に言っている。

次の朝顔の句は弟子から画讃を頼まれて作った句。なんともひどい言いぶりだが、親しい弟子に対してだから言えた。

唐辛子の句は小生が一番お気に入りの句。「なんで赤くなっちゃったの」という二の句が次げそうな句。これも若い弟子に対する句。愛情あふれていると思いませんか。

月見の句も面白い。「月は綺麗で清々しいが、それにしても不細工な野郎ばかりそろったものだ」と連衆に向かって言っている。

まさにこれが俳諧なのだ。

特に語っておきたい句その二

月か花か問へど四睡の鼾哉
手鼻かむ音さへ梅の盛り哉
ひやひやと壁をふまへて昼寝哉
鴬や餅に糞する縁の先
振売りの雁あはれなり恵美須講

これ等はまさに俳諧。俳諧という言葉はユーモアといった意味もあるが、卑俗といった意味合いもある。和歌や堂上連歌では決して使われない俗語を大胆に使っている。しかし決して句として卑俗になっていない。

「四睡」とは四人の賢者が居眠りしている絵。その讃として詠まれた。

「手鼻かむ音」とは山里の卑俗な風景。「それさへ」梅の盛りの美しい風景の添え物だと思えると。

昼寝の句、素足を壁につけて寝ると夏は気持ちがいいと。

「鶯」「雁」いずれも和歌や連歌の代表的な景物。それが糞をするは、食べるために売られているは、これこそ俳諧である。

「鶯」の句は多分正月を過ぎた頃にカビの生えた餅を干していて、そこに鶯が来て糞をしたという、春先のほのぼのとした感がある。こんな情景、人に言いたくなる。

「雁」の句はこの雁を食用としたところに俳諧があるが、それでも何か寂しい振売りの人物を彷彿とさせる。こうした句にも芭蕉の人間味が感じられる。

特に語っておきたい句その三

霧時雨富士を見ぬ日ぞ面白き
いざさらば雪見にころぶ所まで
世の人の見つけぬ花や軒の栗
あかあかと日はつれなくも秋の風
鎌倉を生きて出でけん初鰹

これ等の句は小生が見たことのある句碑に刻まれた句だ。ここにあげた句で他にも句碑になっている句はあるかも知れないが、実際に見た記憶のある句を挙げてみた。

富士の句碑は箱根新道の三島に向かう途中にあった。この句についてはかつて書いたことがある。芭蕉は捻くれ者だという趣旨であった。

雪見の句碑は向島の桜もちで有名な長命寺にある。この寺には小生が好きで一時研究していた成島柳北の碑があって尋ねたことがあった。この句「いざ行かん」「いざ出でん」という語から三つ言い換えている。雪が降ってきて何故か子どものように弾んだ気持ちが伝わってくる句だ。何故この句碑が長命寺にあるのかはわからない。

軒の栗の句碑は我が町戸塚の清源院にある。どうしてこの句の碑がここにあるかは定かではない。しかしこの寺にゆかりのある幕末の戸塚宿に住む俳人味岡露繡という人が芭蕉に親炙していて建てたという。福島の須賀川にある可伸という僧侶の庵で開かれた座での発句だけに本来はここにあるはずだが、この戸塚の俳人がよほど気に入っていたのだろう。この句碑の裏面にはその露繡の句「罌粟(けし)のはな 風も吹かぬに散りにけり」が刻まれている。小生も一句「どくだみの花も咲くらん明月院」お粗末。

戸塚清源院の句碑

あかあかとの句碑は確かどこかの高速道路のサービスエリアにあった。この句は金沢に入る前に金沢源意庵の納涼句会での発句だという。これはちょっと思い出せない。

鎌倉の句碑はこれも我が町戸塚の富塚八幡という神社の境内にある。戸塚宿は東海道にある宿場で日本橋から丁度10里の場所だ。そして鎌倉や江ノ島に折れていく起点でもある。初鰹は江戸っ子にとって大事な魚、鎌倉で水揚げされて江戸まで運ばれたのだろう。富塚八幡は東海道の途中にある。

戸塚富塚八幡の句碑

さて、こうして芭蕉の句碑は数多く建てられている。江戸時代から芭蕉を顕彰する機運が高まったのだろう。そしてもう一つは芭蕉が旅の俳人というイメージが作られたためということもあったはずだ。近代の歌人若山牧水の歌碑が全国に多いのと同じである。しかし芭蕉が旅の俳人と言っても、これ等の句が土地土地にいる俳諧の座で詠まれたものであることは忘れてはならない。

終わりに

芭蕉は本当に好きで色々と読んできたので、語り尽くせない感が強いが、キリが無いのでこの辺りで筆を置くことにする。これを機会にぜひ芭蕉の句を虚心坦懐、読んでもらえればと思う。

2024.03.06

この項了

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