またもや大分間が空いてしまった。もう11月も中旬だ。このままだとまた今年中に終わるのは難しいかもしれない。遅れた原因は色々とあるが、主な理由はこの作品だ。実に大部なのである。本文だけで700ページを優に超え、しかも2段組である。これを読破するのはもちろん部分的に斜め読みするのも難しかった。そこで今回は仕方なく梗概だけを紹介し、あわせて作者滝沢馬琴に触れてお茶を濁す事にする。
そもそも最初の疑問はこの大部の作品を誰が読んでいたかという事だ。作者馬琴は日本初の職業作家と言われている。つまり作品を書くだけで生活していた最初の作家だという。これまで見てきた江戸の作者たちはあるいは武士であったり、上流商人であったりしていて、いわば文学は余儀という形だった。しかし、馬琴は戯作者として原稿料をもらって生活していたという。という事はそれなりに読まれていなければならない事になる。こんな大部の本を誰が読んでいたのだろう。ただ、大部といっても一気に出版されてはいなかったようだ。少しづづ出版され、後にまとまって再び出版されるといった形のようだ。それにしても江戸の文化水準の高さをこれは物語っている。もちろん庶民層が読んだかどうかはわからない。しかし、総ルビであったことから、仮名さえ読めれば読む事ができるから、江戸や京、大阪といった都市の住民なら読めたに違いない。そこが驚きである。
さて、その内容だが、いわば歴史ものである。「史伝読本」と言う内容だ。舞台は例によって足利時代。滅びた南朝の遺臣たちが南朝のために忠義を尽くす話である。南朝方の新田氏と楠氏の子孫が主人公となっている。小六丸と姑摩姫という。そこに善悪二様の副主人公が配されて、史実と虚構がないまぜになって展開する。結局は勧善懲悪の物語なのだが、この主人公の設定に当代性がある。
この小六丸は近世歌謡に謡われた関東小六を面影とすると言われている。この人物は江戸赤坂に住んでいた氷川明神の熱心な信者で、美男・美声で知られた馬方がモデルとされているという。すなわちこの男は当時の流行の伊達男なのだ。馬方がモデルというとなんだが、むしろこれが庶民受けする形なのだろう。浄瑠璃にも登場し、歌舞伎や長唄の題材にもなったという。
そしてもう一人の女主人公姑摩姫は女侠奴小万と言う人物がモデルだという。この小万と言う人物は「なにわの女侠客。大阪長堀の豪商である三好家のむすめ、お雪」だという。いろんなエピソードがあるようだが。いわば「女伊達」のシンボル的存在だったようだ。これもまた都市の庶民受けする形である。
馬琴はこうした当時の庶民層のいわばアイドル的存在を巧みに利用して、しかも滅びた側の南朝を中心にすえて物語を作ったと言うわけだ。
しかし、それにしてもこの大部の物語をゆっくり読む時間のある江戸という時代がうらやましい限りだ。
2018.11.12
この項了