成島柳北「柳北奇文」を読む6

権兵衞ノ小言(明治9年8月27日)

いわゆる「秩禄処分」を問題にする。
明治になって幕藩体制は崩壊する。それにともなって藩から禄をもらっていた大量の士族たちの収入は実質的に無に帰す。しかし、一気にそうなるのは相当な社会的混乱を生じてしまう。そこで明治政府がそれを一時的に肩代わりしていた。だがそれもこの明治9年に至って、金禄公債を一時に支払うことによって廃止することとなった。
それを柳北一流の問答形式で喝破する。

権兵衞すなわち百姓と軍太衛門、兵太九郎という士族の問答だ。(ネーミングも面白い)

士族が言う。「百姓の種は鴉に食われたとしても、何粒かは残るだろう。しかし、自分たちの飯の種は遠からず政府に引き上げられて一粒もなくなってしまう」と。つまり「秩禄処分」について不満を言う。それに対し権兵衞が目を皿にして士族を睨んで言う。

「公等ハ元来国家ト人民トノ事ヲ少シモ思ハズ唯我ガ利ノミヲ是レ視ル所謂我利我利亡者ナルノミ往昔圧政ノ病毒天下ニ流行シタルニ因リ遂ニ幕府モ各藩モ其ノ毒ノ為ニ斃レタリ然ルニ其怨霊ガ今日迄残リ留マリ廃藩置県以来数年ノ間華士族ノ家禄ヲ我々ノ膏血ヨリ出スハ則チ公等ノ如キ我利我利亡者ノ為ニ七代祟ラレタルモ同様ナリ実ニ此ノ六七年ハ道理ニモ何モ当ラヌ物ヲ年々取ラレタルニ非ズヤ然ル故ニ今度政府ガ禄券ノ制ヲ立テラレシハ実ニ神通力アル修験者ガ怨霊ノ祟リヲ祓ヒ除ケント一般ニテ我々ハ天ニ仰ギ地ニ附シテ歓喜スル所ロナリ」と。

これまでも自分たちは我利我利亡者の士族に血税を絞り取られてきた。その後もその祟りで相変わらず政府に士族の為の金を搾り取られている。まさに祟りであると。しかし、今回の「秩禄処分」はその祟りを祓い除くためだから良しとすると言っている。
もちろんその額は相当な物となるから、これからだって血税をとられてしまう。しかしこれは「縁切り金」と思えば仕方がないとしている。

以下の権兵衞の言はふるっている。

「我々ハ未ダ十分満足セザレドモ政府が仁心深クシテ幽霊ガ安楽ニ成仏スル様ニト定メラレタル法度ノコトナレバ七代モ八代モ祟ル亡者ト遠カラズ縁切リニナルヲ楽ミニ有難ク畏ツテ罷リ居ルナリ」

これは決して政府の政策を手放しで賛同していないことを表しているが、柳北は明らかに士族の側にはいない。柳北は元幕臣であったが、隠居を機に平民になっている。賢明な選択であった。もはや士族の時代ではない。しかし平民百姓は相変わらず形を変えて負担を強いられていることも見逃してはいない。いわば政府に釘をさす言と言える。

末尾にこの権兵衞の小言に怒った士族が鬢端を打ち切ろうとするが、

「刀ヲ獲(さ)ガセド腰ニハ何ンニモ無カリケリ」という次第である。

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