『日本古典文学総復習』83『草双紙集』

今度は二ヶ月を要してしまった。こうなると今年中に終わるかどうか怪しくなってきた。なんとか終わりたい。しかし、今年の夏は異様に暑い。読書には不向きだ。早く秋になってほしい。また、他の大きな仕事に取り組んでいたことも時間がかかった原因だ。仕事と言うよりは趣味なんだが、木工に時間を取られていた。これについては記事にしている。
さて、今回は草双紙を取り上げる。百科事典によれば、

 江戸中・後期に江戸で刊行された庶民的絵入小説の一体。毎ページ挿絵が主体となり、その周囲を埋めるほとんどひらがな書きの本文と画文が有機的な関連を保って筋を運ぶのが特色。美濃紙半截二つ折り、5丁1冊単位で、2・3冊で1編を成す様式が通例。しだいに冊数を増し、短編から中編様式へ、そして後には年々継続の長編へと発展する。表紙色と内容の変化とがほぼ呼応し、赤本・黒本あるいは青本(黒本・青本)・黄表紙と進展し、装丁変革を経て合巻(ごうかん)に定着、明治中期まで行われる。(世界大百科事典 第2版)

 とある。要するに絵本ということになる。絵本というと子ども向けと思われるが、初期はそうだったかが、後には大人向けのそれなりの内容を持ったものとなっていったようだ。劇画マンガといったイメージでいいと思う。マンガは最近世界的にも注目されているようだが、その淵源がこの草双紙にあると言えそうだ。

 収録作品は以下のようになっている。簡単に内容を紹介しておく。

赤本・黒本・青本

「名人ぞろへ」

 見開き5画面しかない小冊子。異国趣味がうかがえる。木乃伊についても言及。

「ただとる山のほととぎす」

 万徳長者を主人公とし、鳥を取る話が中心。おおらかな法螺話。これも10画面の小冊子。

「ほりさらい」

 土木工事を草双紙に見立てた珍しい作品。ただし題名は失われていて、校注者がつけた仮題。

「熊若物語」

 黒本で上中下三冊ある。南北朝時代の仇討ち物語。謡曲にも取り上げられている阿新の物語の劇画版。

「亀甲の由来」

 黒本二冊だが、下巻のみ伝わる。「治病の妙薬として、猿の生肝を取りに竜王から遣わされた海月が、猿を騙して帰る途中、その目的を洩らしたため、猿に生肝を樹上に置き忘れたと騙されて逃げられた。その罪を竜王に責められ、打たれて骨なしになった。」という猿の生肝として知られる昔話の劇画版。浦島太郎が登場したり、やや話が変更されている。

「漢楊宮」

 青本で上中下三冊ある。元は「史記」にある話。秦の始皇帝暗殺を図り失敗した燕の太子丹の話。これまでも色々と日本で取り上げられた話の劇画版。

「子子子子子子」

 果たしてなんと読むでしょう。この小野篁の謎解きは「子」の字が倍あるが、ただ話は雪舟の一代記。これは雪舟の伝説が関係しているようだ。柱に縛られて涙で書いた鼠が生きているようだったという話だ。「子」は「こ」と読むし、「ね」とも「し」とも読む。正解は「ねこノこノこねこししノこノこしし」です。

「楠木葉軍団」

 黒本で上中下三冊ある。軍学者由井正雪が起こした慶安事件を題材とした黒本。もちろん当時の事件だけに時代を前にしているが、この事件はいろいろと作品化され人口に膾炙したようだ。いわばその劇画版。

「猿影岸変化退治」

 白猿神(猿の妖怪)が人間の女性を誘拐し、妊娠させるという中国唐代短編伝奇小説である「白猿伝」に基づいた話。実際には前に見た『繁野話』にある「白菊の方猿掛の岸に怪骨を射る話」を黒本化したもの。怪談で、現代でも何度か取り上げられている。

「狸の土産」

 黒本で上中二冊ある。当時有名だったとんだ茶釜の笠森おせんという美人と千住の茶釜の二つを題材にした金時の化け物退治の話。全く荒唐無稽な話だが、それの屈託のなさが取り柄と言える。 

黄表紙

「其返報怪談」

 恋川春町作。絵も描いている。作者自身が主人公。いわば絵の修行記。文中に見越入道が狐の謀略似合う話がある。作者の恋川春町は絵入の洒落本『当世風俗通』で注目され、後の『金々先生栄華夢』で黄表紙の祖とされる。

「大違宝舟」

 芝全交作、北尾重政画。藤原淡海が竜王に奪われた面向不背の玉を志度の海女の手により取り返したという、謡曲「海士」などで名高い玉取り伝説のパロディー。

「此奴和日本」

 「こいつはにっぽん」と読む。これは当時の流行語だという。当時は中国風の生活の気風があったようで、これを揶揄する所に眼目があったようだ。中国も形無しといった意味。四方山人作、北尾政美画。

「太平記万八講釈」

 「万八」は当時の流行語で口から出まかせといった意味。「太平記」は当時講釈に使われていて、「口から出まかせな太平記講釈」ということだろう。『太平記』巻十二にある大塔宮護良親王の建武の中興ごの行状が趣向の中心。

「正札附息質」

 江島其磧の『世間子息気質』のパロディー。大商人の気質の違う息子二人が巻き起こす珍妙な浮世離れした行動を一話づつ描いている。ついには二人とも勘当の身となってしまうというお話。

「悦贔屓蝦夷押領」

 これも恋川春町の作。「よろこぶひいきのえぞおし」と読む。義経が蝦夷に逃亡したとされる伝説がモチーフ。当時の北海道に関する関心が見て取れる。これはロシアの進出が影響していると思われる。また田沼意次の悪政を下敷きにしているともとれる話となっている。

「買飴帋凧野弄話」

 「あめをかつたらたこやろばなし」と読む。曲亭馬琴の作。何々づくし物といった趣向。いろいろな凧を挙げて、馬琴らしく蘊蓄を開陳するという趣向の話。生真面目なところが黄表紙と異なり、それがかえって異色となっている。

「色男其所此処」

 万象亭作、鳥居清長画。裕福なお坊ちゃんのお話。もちろん如何に女にもてたいかというお話。様々な階層、職業の女を相手に悪戦苦闘する様子を描いている。いかにも江戸戯作的作品。登場する女には実際のモデルがあったとされている。そういう意味でも現代の週刊誌的要素もあったようだ。

「草双紙年代記」

 草双紙の草創期から天明初年までの変遷を物語として描いた物。岸田杜芳作。北尾政演画。

合巻

「ヘマムシ入道昔話」

 合巻上中下3篇三編六巻。山東京伝作、歌川国直画。ヘマムシ入道とは文字遊戯でへを頭、マを口、ムを鼻、シを口と顎に見立てて人の姿を描くこと。ここでのヘマムシ入道は主人公が仇討ちのため蝦蟇の術を習いに行った術師ということになっている。ただこのヘマムシ、術を教えるどころか主人公の仇となる。結局はヘマムシ入道は主人公に討たれることになる。それまでは色々と紆余曲折がある物語でそれなりに長いが、これをセットにしているので合巻の名がある。

「童蒙話赤本事始」

 これも合巻上中下3篇三編六巻。曲亭馬琴作、歌川国貞画。子ども向けの話である桃太郎・舌切り雀・かちかち山・猿カニ合戦の綯い交ぜを江戸周辺を舞台に脚色したもの。登場するのはもちろん武士や郷士たち人間である。

「会席料理世界も吉原」

 市川団十郎の合巻という。しかし実際の団十郎が書いたとは思われていない。ただ、歌舞伎の要素を多分に持った話だ。歌舞伎の要素といっても決して直接は歌舞伎の内容を使ってはいないという。お家の重宝紛失・敵討ち・貧家・怪盗・晴れて帰参の上の裁判・道行・引窓などという歌舞伎の趣向の型というか、作劇上の型を取り入れている。お家の重宝紛失から浪々の身となって忠僕ともども苦労するという話。

2018.08.09
この項了

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です